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読書記録『宇宙を撮りたい、風船で。』岩谷圭介 著

今もあるのかわからないが、服のホコリを取ることに特化したブラシがあった。
『エチケットブラシ』というものだ。手のひらに収まるサイズで、折り畳み式で片側にミラーがついている。
いま30代のわたしが子供だった頃はよくそれを使って服についた小さなホコリを落としていた。

今は猫を飼っていて、服に毛がまとわりつく。わたしたちが『コロコロ』と普段呼んでいる粘着力の強いクリーナーで服の表面についたよごれは大体落ちる。すごい。文明の利器だ。

いま調べたら『エチケットブラシ』は登録商標であり、コロコロは『粘着カーペットクリーナー』という名前で売り出されたらしい。どちらも、ホコリを取るために人間がひらめき、工夫して生み出した商品である。

だが、待てよ。特殊繊維でできているだろうエチケットブラシはともかく、コロコロは粘着テープをリールのように巻き付けたものだ。それは、手にガムテープを巻き付けることでも代用できる。代用。この概念を、わたしは長いこと忘れていた気がする。

100円ショップでいろんな便利グッズが手に入るようになって、この「今あるものでなんとかしよう」という意識がだんだん希薄になっている。
ガムテープひとつあれば、段ボールを閉じることも、細く切って封筒に封をすることも、ホコリを取ることも可能なんだ。
そんな当たり前のような気付きを得て、何か新しいおもちゃを発見したこどものように、ワクワクした気持ちで本を読み進めていった。

それは開発は開発でも『宇宙開発』の本。
身近な商品と、はるか遠い宇宙がどう繋がるの?と思うかもしれない。
でも、この著者にとって宇宙開発は身近なものであるらしかった。

今回紹介する本は、岩谷圭介さんが書かれた『宇宙を撮りたい、風船で。』です。

 

 

宇宙を撮りたい、風船で。 

宇宙を撮りたい、風船で(kindle版)

 

この本を見つけたのは図書館にある、中高生向けの科学コーナーでした。
大きく膨らませたふうせんの中にタイトル。「風船で宇宙を撮りたい」ではない。
『宇宙を撮りたい』、『風船で』。なんだか遊び心を感じる表紙に興味を惹かれた。

開くと、同じ1986年生まれだった。同年代で、面白い本を出しているかたがいる。
借りて、読んで、すぐに購入した。
これはわたしが今後やりたいことの途中で迷った時、読み返して指針になってくれる本だと思ったからだ。地図ではなくて指針…羅針盤(コンパス)だ。
人生を通してかなえたい夢がある。それが近所のコンビニで手軽に買えるものだったらばいい。だがそれが、海を隔てたまだ見ぬ大地だった時、この本はきっとそばにいて導いてくれる。そのやりたいことが宇宙開発じゃなかったとしても、全然違うように見える海底探索でも同じなのだ。
そのことは、本の最後でも少し触れられている。

荒れ狂う大海原で、行き先を示すための地図ではなく現在地を確かめるためのコンパスが『宇宙を撮りたい、風船で。』だと思った。

岩谷さんの文章は、知的だ。文学のように、独自の世界観でグッと引き込むような表現ではない。熱すぎたり、逆に冷たすぎたりしない。過不足ない。というのがピッタリだと思う。理系だからというのもあるのだろう。とても客観視されている。だけど、ググッと引き込まれていく。知りたいと感じたことをほしい順番でくれるからだ。それこそまるで風船のように、俯瞰で見てわたしたちが見えていない場所をそこそこ!そこにあるよ!って教えてくれているような気がする。

総じて、読みやすい。

そんな岩谷さんの語り口で、何度も何度も語られるのは『やってみて』『失敗を経験する』。その2つのシンプルなことを繰り返す。その道のりとその先にあるものの話だ。

ふうせん宇宙撮影が成功するまでの長い過程が、経験していないものでも想像できるように、詳細な記録と手触り感のある心理描写でつづられている。
そのマジックにかかって岩谷さんになった気分で本を読み進めていくと、『やってみること』のハードルがぐんぐん下がっていくように感じる。あの時、高い壁だと思っていたものはこんな風に片足で乗り越えられるような障害だったかな?
そう感じられるのは、岩谷さんが空に浮かんだ風船の視点から「宇宙でさえも近くにあるんだ」と繰り返し強く訴えてくるからだ。そうだ。
空から見れば、このハードルなんて高くはないのだ。そう思える。

岩谷さんは風船の眼を持っている。
だから『やってみてダメだったらどうする?』という読者の問いなんてお見通しである。「お金がないよ」というつぶやきも聞き逃さない。

だから、この記事の冒頭でわたしが触れたような『代用』の考えを紹介している。
10万円のリールが買えない。だから、あきらめる。ではない。
100円ショップに行ってコロコロを買ってみる。やってみないと、それが失敗かどうかなんて、わからないからだ。

宇宙開発という、わたしたちから見たら壮大なものに思える話をはじめるとき『100円ショップのコロコロ』から話しはじめるところも岩谷さんのすごさだ。
身近なところからはじまった話が宇宙に行って、また地上に戻ってくる。

こどもたちに、宇宙を教える教室では彼らに身近な『アレ』を使う。
パラシュートを作ってもらうワークショップで配られる設計図の話が印象的だった。
わたしはこの設計図の図面を見ることができただけで、この本に出逢えた奇跡に何度も感謝することだろうと思う。複雑な図面ではない。こどもにも作れるんだから。

大人がこどもに何かを伝える時、「そんなの見ればわかるよ」「YouTubeにあったから知ってる」という子がいるかもしれない。だけど『知ってる』ことと『やってみる』ことには隔たりがある。こどもたちに『必要な失敗』をすることを伝えるために、大人ができることは大人もまず『やってみる』ことでしかないのだ。

 

岩谷さんは『ふうせん宇宙撮影』というサイトを運営されており、宇宙に関すること、撮影に関すること、はては生物に関することも発信されています。過去にはふうせん宇宙撮影コンテストも開催されており、本の中で紹介されている講座やワークショップの申し込みもできるようになっています。
YouTubeでは実際に撮影した動画を見ることができます。

興味がわいたら、ぜひチェックしてみてくださいね。

 

わたしの本棚にまた一冊大切な本が増えました。