きれ端ノート

木端みの日記帳

責任がとれないから、とらなくていい道を選ぶ

来年から40代になります。

漫画家人生をちゃんと軌道に乗せたいと思いつつ、同時に人生の終わり方についても考えなきゃなと思っています。

 

新しくほしいものができた時に、買ったものや手にしたものを最後まで愛でられるどうかについて考えるようになりました。

特に、育てるものに手を出す勇気がありません。

長年一緒にいた猫たちがなくなり、寂しい気持ちは確かにあります。

でも新しい生き物をこれから育てられるかというと、まったく自信がありません。

責任がとれると確信できないかぎり、手を出すことができません。

終わりが見えてきた今、昔ほどの成長が期待できない今、

自分にはその責任はとれないだろうと思います。

 

商店街のお店にロボットがいます。

家庭でも育てられるらしく、購入した芸人さんの話をラジオで聞くと面白いです。

でも、私はそれすら世話できる自信がありません。

かかるお金、場所、時間を割く余裕が自分にはない。

だから商店街のそのお店に行った時は、できる限り一緒に遊びます。

そういうお客さんも多いみたいです。

 

責任がとれないから、とれないなりにできることをする。

そのお店にお金を落として、時々会わせてもらう。

他のお客さんと一緒に育てるような感じで、できる限りで関わる。

責任をとるか、とらないか。とれないなら、とれないなりにできることをする。

この不安定な時代に抱えきれない責任でも、そうやってわけあっていくことはできるかもしれないと思いました。